インタビュー 株式会社ベルデンキ 松永社長

2020年02月21日

インタビュー, 特集

今回はワイヤーハーネスの製造をされている株式会社ベルデンキ(以下、ベルデンキ)の松永社長にお話しを伺いました。ベルデンキはハーネスメーカー.netという企業紹介サイトや、電線ケーブル販売センターという電線や部品の販売サイトを運営されています。また、所在地が古墳の隣という大変珍しい立地。その辺のお話も是非聞いてみたいと思います。

――ベルデンキの設立経緯と松永社長の経歴を教えてください。

ベルデンキは父の松永伸英が1993年に設立した会社です。納入先の新日本工機株式会社岬工場が近い大阪府泉南群岬町淡輪の地で創業します。ベルデンキの名前の由来は父のアイデアで、ベルは鐘(Bell)であり「鐘を打てば、その音で回りの人が振り返って、注目される」という意味合いが込められています。

私は当初、ベルデンキを継ぐことは考えておらず大学卒業後は中国上海へ留学しました。先々の経済成長が見込める中国で独立起業するつもりでした。中国では様々な出会いや体験があり、結局は中国ではなく日本でビジネスをした方が良いと考え帰国します。日本に帰ってからは業務経験を積むため中国・東南アジアと貿易する専門商社に入社しましたが、数年で退職して独立しようと初めから決めていました。

 そのような最中、父から「好きなことをしながらでいいから、ベルデンキを手伝ってほしい」と言われて事業の手伝いをはじめます。

当初は自身でIT系の事業も立ち上げながら、ベルデンキの営業サポートをしておりました。しかし、実際蓋を開けてみると、ベルデンキは問題・課題だらけでした。それらの解決で奔走しているうち、父は65歳になり、事業継承の時期になりました。 もともと、父は65歳で事業を継承する(理由はわかりませんが・・・)と以前から決めていたので、その言葉のとおり65歳で引退し、私は2007年に代表取締役に就任します。29歳でした。事業継承については、迷いも躊躇も一切ありませんでした。正確に言うならば、考える時間もないくらいの状況だったというのと、当時は従業員さんが十数名いたので、雇用を守りたいという責任感からでした。あと、付け加えるならば、課題や問題を解決することが好きだったからというもあります。

――事業継承はどのように進めてきましたか?

ワイヤーハーネス事業はマネージメント、営業、品質体制などいろいろと整備が必要な状態でした。この状態を何とかしなければならないと、自分が新規で立ち上げた事業はやめてワイヤーハーネス事業に専念するようになります。

代表取締役に就任した翌年2008年にはリーマンショックが起きて売上は4割ほど減少してしまいます。仕事が無くなってパートタイムの従業員さんには半日で帰ってもらい、木曜日と金曜日は休みという状態にまでなりました。当時はとにかく必死で営業に注力して、2009年の後半くらいには業績は回復に向かいます。営業して仕事が増えてきては人数を増やし、創業当初は10名だった従業員数も50名を超えるまでとなりました。

 2010年はケーブルや部品を小売りするWEBサイト「電線ケーブル販売センター」を立ち上げて事業領域を拡大しました。本WEBサイトでは、電線やケーブル、フレキシブルチューブを1mから切断販売しており、キャノンプラグやミルコネクタの小売りをしています。少量を調達したいニーズに応え、販売量も年々増加してきています。しかし、ネット販売はミスミやDigiKey Electronicsなど大手が寡占してきています。厳しい環境下にあるため、あり方を考えていかなければなりません。

――企業紹介サイトのハーネスメーカー.netはどうしてつくられたのですか?

ハーネスメーカー.netは日本国内にあるワイヤーハーネスの加工を専業とする企業の検索サービスです。ワイヤーハーネスを必要とする企業、同業のハーネスメーカーに生産の協力を仰ぎたい企業に向けたサービスです。本WEBサイトへのワイヤーハーネスを製造する企業の登録・掲載は無料ですので、各社の集客のツールになれば幸いです。

ワイヤーハーネスを加工する企業同士の横の繋がりをつくっていこうという考えもあり本WEBサイトを立ち上げました。同業者の間には仕事、設備、材料、後継者など種々の共通した問題があります。登録会社数が増えてきたら情報共有をしていきたと思っています。

――御社の強みは何ですか?

FA系の工作機に強みがあります。ケーブルや部品などの材料は在庫も豊富です。FA系の工作機械は長尺で大きいワイヤーハーネスを使用するため、広い敷地が必要です。長尺や大きいハーネスに対応しているワイヤーハーネスメーカは相対的に少なく、大阪府内でも少ないです。また少量、多品種に対応できるのも強みです。関西圏ならば直接納品もしています。

――古墳の隣にあるワイヤーハーネス企業は世界でも珍しいです。どうしてこの立地に?

創業当初は現在地から少し離れた場所に会社があったのですが、2000年に現在の場所に自社工場を建設して移転しました。主力である工作機械のワイヤーハーネスを製造するには10mを超える長いケーブルが必要で、長い切断ラインを設けられると生産性が上がります。そのような敷地を探していたところ、たまたま古墳の隣に横に長い土地があり移転しました。

隣の古墳は宮内庁により「宇度墓(うどのはか)」として第11代垂仁天皇皇子の五十瓊敷入彦命の墓に治定されています。古墳は宮内庁の管轄で「みだりに域内に立ち入らぬこと」と注意書きが設置されています。また、魚や鳥を取ってはならず、木も切ってはいけないので手付かずの自然があります。そのため渡り鳥なども多く、種類がよくわからないような鳥もいて、変わった鳴き声も聞こえてきます。怪鳥がいますよ。(笑

――今後のワイヤーハーネス業界はどうなっていくのでしょうか?

ワイヤーハーネスのような製造業は近年で起業する人はほとんどいません。人件費や材料費などコストが上昇し厳しくなっていく傾向にあります。生産性の向上といっても従来のような改善ではなく、ドラスティックに変えていかないといけないと考えています。サービスやソフトの起業は多いですが、人々の生活にはハードが絶対に必要です。ハードを製造する製造業は無くなりはしませんが、あり方を変えていかないといけないと思います。ITやAIの活用などは必ず必要です。

また、働き方改革に代表されるように働く意義も変化してきています。そのような時代の変化に対応していかなければなりません。

――インタビューを終えて

最寄駅の淡輪駅からベルデンキさんへ向かう道を歩いていると古墳の自然とそこに生息する生き物に目を奪われ、穏やかな気持ちになりました。松永社長は現実主義にたって現状を分析されていて、大変勉強になりました。ベルデンキさんは新しい活動をいろいろとされているので、今後の活動に注目ですね。

松永社長、ありがとうございました。

株式会社ベルデンキ 代表取締役 松永高太

http://www.bell-denki.com/

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